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2005年04月06日
 昭和42年(1967)10月〜翌年9月にTBSで初放映されたウルトラセブンはどのような状況下で制作されたのでしょう?
ウルトラシリーズの最高傑作’と言われる昭和ウルトラセブンの制作背景を当時のウルトラシリーズの系譜を参考に想像してみました。


 昭和41年(1966)1月に初放映された特撮TV番組ウルトラQが同年7月に終了。その2週間後にウルトラQ空想特撮シリーズと銘打って第二弾ウルトラマンが初放映された。当然の事ながらウルトラマンはウルトラQの後継番組として企画され制作されたが特撮シリーズの第2弾であってウルトラQの続編ではなかったと考えられる。この2作品が成功を収めた最大の理由は、番組の構成やシナリオよりも”特撮”と言う世界を日本人の目に焼付けたからではないだろうか。
そのウルトラマンも昭和42年(1967)4月に最終回を迎えた。おそらく当時のファンの大多数はシリーズ第三弾に更なる夢と期待を寄せていたであろう。

 特撮番組の制作には時間と手間がかかる。ウルトラセブンの制作も時間的背景から考えるとウルトラマンの撮影終了後まもなく始められたのであろう。だから製作スタッフはウルトラマンの成功を気にかけつつ制作していた・・・つまりこの事からウルトラセブンもウルトラマン同様前作の後継番組ではあったものの続編として制作されたのではないと言える。事実、作品を見ればその作風から一目瞭然であるが。

 シリーズも3作目となるととかくその新鮮さは薄れそれとは逆にファンの期待はより大きなものとなる。ウルトラシリーズは今でこそ根強いファンに支えられているが当時の円谷プロにはそうした地盤や余裕はなく一話一話を必死で制作していたと思う。ましてやシリーズ化などとは夢想だにしていなかったであろう。

 そうした必死の努力の結果、当時考えられるすべてを結集して作られたのがウルトラセブンだと私は思う。ウルトラセブンが”ウルトラシリーズの最高傑作”と呼ばれる由縁はその制作の背景から完成型を目指して作られたからだと言えるのではないか。まさに3部作の最終章、完結篇の意味合いがあったのではないだろうか。
ウルトラセブンの第一話初放映が昭和42年10月1日。大人気ウルトラマン終了の翌週の放送ではなかった。約半年のブランクの背景にはこうした事情があったからではないだろうか。また、帰ってきたウルトラマンの第一話初放映は昭和47年(1971)4月。ウルトラセブン放送終了から実に2年半。この期間は完成型セブンの更に上を目指そうとした円谷プロの苦悩の時期だったと考えれば納得がいく。そしてそれは奇しくも第一代ヒーロー、ウルトラマンの復活によって打開されたのである。
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放送から3年後に自主規制されたウルトラセブン第12話
Excerpt: (画像は、昭和45年10月10日、朝日新聞朝刊) ---------------------------------------------------  ウルトラセブンの第12話..
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